〜洞口依子 出演作品解説〜 |
『警部補・佐々木丈太郎7』(2014年) |
冒頭、刑事たちが逃げる犯人を追う白昼の逮捕劇がある。必死の形相で走る犯人の行く先に、母親の手を離れた一人の女の子。
そして、その向こうから歩いてくるのがフラワー・ショップの社長・洞口依子さんと秘書の笠木泉さん(「地獄先生」PV以来の共演)。
前を見据えて表情を崩さないこの洞口さんの、ナイフを振り回して駆けてくる犯人が小物に思えるような、まだ話はなにも始まっていないのにすでに事件の匂いを漂わせる存在感。
これだけで嬉しくなってくる。
『南原幹司の鑑定3』以来の洞口依子さんの2時間サスペンスはとても楽しめるドラマだった。
ミステリーとして腑に落ちないところはあるものの、洞口さんや笠木さんをはじめ俳優のかたたちが役柄にはまっていて、それぞれのキャラクターから先の展開をワイワイと当てながら団欒して見ることができる。
超高級マンション内の主婦たちのいさかいもローカル線の駅舎の旅情も都会の高層ビルの風景もバランスよく入っていて、2時間サスペンスのたのしさが凝縮されたような一本だった。
洞口依子さんのファンとしては、若い母親を叱咤する険しい視線、セレブの地位を築き上げた社長の自信と余裕、そして予想だにしなかった周囲の人間の動きに戸惑う姿と、一人の人物を多面的に見せてもらえるのがうれしい。
今回の洞口さんは、決定的に後ろ暗い過去を引きずっている設定で、その内容も簡単に同情できるものではない。
また、白か黒かということよりも、この人物のどこまでが鎧に包まれていてどこに弱点があるのか、という興味を抱かせる。
社長さんの弱音も野心も言葉では二言三言であらわされるのみ。ここに、洞口さんの演技を見ながら彼女の静かな動揺を少しずつ推し測ってゆく面白さがある。
養護施設から引き取って育てる息子への世話の焼き方も、その時点では視聴者の解釈をオープンにしてある。
中盤、中山忍さん演じる店員が全面的にからんできてのアパートの場面で、社長のプライドが屈辱感、敗北感で一気に崩れはじめる見せ場として盛り上がりながら、まだ解釈への答えは示されない。この場面でお盆を持たされて佇む洞口依子さんの姿は、ストーリー上の謎と社長のキャラクターの謎が彼女に蔓になって巻きつくかのようで、もがいて逃げるかのごとくタクシーに乗り込むまで、2時間中もっとも心理的なサスペンスを味わえる。
ほかにも、屋外で洞口さんと寺脇康文さんが会話する場面で高層ビル群を背景にカメラがジワジワと2人に寄っていくところ、マンションの室内のパーティ場面で体面を保ちながら中山忍さんに耳打ちで釘をさすところなど、洞口依子ファンには見どころの多いドラマだ。
中山さんとの場面では、ラストの一度腕を振り払ってからの動きがとくに良かった。
電車の扉口での場面が立場を逆にしてなぞられていると思うが、そんなことを考えずともあの一瞬の動作には感極まったものが伝わってくる。
それまで「いい人」としては演じられていない冷静な自信家の像が、感情を決壊させて血を通わせる、その温かみが心に残った。
6月20日(金)21時〜22時52分 出演 |