『酒井家のしあわせ』(2006)

いきなり、依子さん放心してます。
画面の外からTVの音が聞こえてくるので、そっちを見ている設定でしょうか。
いや、仮に視線はそこにあっても、心どこにもあらず。
呉美保監督が洞口依子フリークだとしか思えないくらいの「ファン・サービス」です。

『酒井家のしあわせ』。
102分の映画なんですが、依子さんのシーンは2分。
51分の1。
しかしこの2分は、めちゃくちゃおもしろいです。
もちろん、映画がトータルでおもしろいから言えるんですけど、
120秒間、依子さんを凝視堪能できます。濃縮ヨーリー。

依子さんの役は、濱田マリさんが女手一つで切り盛りする喫茶店の客、ユキちゃん。
「アホの」ユキちゃんです。

なんで「アホ」がつくかというと、
「ユキちゃん、アンタ、アホやなぁ」と言われて、
「・・・アホや」と認めるから。

あ、この物語の舞台は三重県。だから、「アホ」は、関西人が挨拶代わりに使う、「アホ」ですね。

ユキちゃんは、どうやら所帯持ちの男とどうにかなっちゃったらしい。
当然のっぴきならないはずだけど、どうも地に足がつかないというか、なんかヒラヒラしてる。浮かんでる。
「ユキちゃん、どうすんのん?」と心配されると、
「せやかて、うち、別れたぁない〜」と返す始末。
それで「アンタ、アホか?」「アホや」となるわけでして、
まぁ、これぞ「アホ」のニュアンスそのもの。「アホ」の人民代表。

そこへこの店の中学生の息子が帰ってきますと、
「あらぁ、よう日焼けして〜。真っ白い歯がまぶしいわぁ!」なんてかまって、やっぱりアホですね。
ここの依子さん最高。カウンターの上に体を折り曲げるようにして、「まぶし〜!」と手だけかざすんです。

おもしろいのは、依子さんの発声が、甘えたような高い声なんですね。
昼間っから喫茶店で自分の不始末についてダラダラと喋ってる女、となると、
酒焼けでもしてそうな低い声にしがちかと思うんですが、ちがうんですね。
全然反省してないし、だいいち現実感が希薄なユキちゃん。

このDVDにはオーディオ・コメンタリーがついているんですけど、その中で、
ユースケ・サンタマリアさんがですね、この放心の依子さんを指して、「あ!止まってる!すごい!すごい!」
とはしゃいでいます。その気持ち、よくわかる。
(ユースケさんは、ほかにも、依子さん色っぽい、会えなくて残念、とコメントしています)
監督が、依子さんのそういうところをぜひ見てみたかったんじゃないでしょうか。

なお、このユキちゃんのシーンは、まったく本筋に無縁でもなくて、
のちにユースケさんが陥る事態が、このユキちゃんを薄くなぞった形になって「アホ」呼ばわりされます。

この映画は、三重県の小さな町の日常が美しく生き生きと撮られていて、自然な生活感覚が魅力ですが、
ユキちゃんのところだけ、ぽっかり別の世界が開いているかのように異色です。
ず〜っと中学生のエピソードなどが続いて、ほのぼのした気分になってきたところに、
いきなり喫茶店で時間が止まったみたいに放心している洞口依子、という図は、
一瞬、なんかちがう方向にハンドルきったのかな、なんて戸惑わせるパワーすらありますね。

だって、見事だもんな。本当に空気抜けてるとしか思えない。
この魅力はなくしてほしくないです。得難い。
洞口依子が放心せずに、ほかの誰が放心するというのか。


公開:2006年12月23日
制作:ビーワイルド、スタイルジャム、テレビ大阪

「この人を見よ!」へ戻る

←Home