〜洞口依子さん出演作品解説〜

『パイナップル ツアーズ』(デジタル・リマスター版 2022年)


 1992年の映画『パイナップル ツアーズ』(タイトル表記には「・」ではなくスペースが入ると認識したので、それに倣います)のデジタル・リマスター版を映画館で観てきました。公開から30周年、そして沖縄の本土復帰50周年のタイミングで今回のリマスター版上映が実現したようです。もちろん、当サイトにとっては洞口依子さんの出演作の一本でもあります。

 『パイナップル ツアーズ』は具良間島という架空の島を舞台にした3話構成の映画で、各話は登場人物やプロットを共有しています。洞口さんが登場するのは當間早志監督による第3話の「爆弾小僧」です。
 第1話の「麗子おばさん」は島から離れて暮らすうちに声が出なくなったオペラ歌手の女性をめぐる話。第2話の「春子とヒデヨシ」はヤマトから来て島に居ついた青年が地元の娘と結婚する話。どちらも若き日の私はタヴィアーニ兄弟のイタリア映画を観るような気分で楽しみました。『ウンタマギルー』で初めて知った照屋林助さんと平良とみさんを筆頭に、出てくる人たちの顔がみんな素敵で、風土を背負ったリアルな輝きを放っている。こういう映画が作れるのか!と感激しました。

 3つの話の主人公たちは島の外からやって来ます。第1話の麗子おばさんと娘の由美子は一度島を離れた人たちですし、第2話のヒデヨシは沖縄の外から来て郵便配達の仕事についています。つまり、エピソードを追うごとにキーパーソンたちと島との繋がりが少しずつ薄れていくのです。
 第3話で洞口依子さんが演じるのは東京の企業から派遣されたディヴェロッパーの杉本。彼女には島への愛着はゼロに等しく、リゾート開発のための道具でしかありません。この第3話にはもう一組の主人公、パンキッシュな音楽を演奏する島の若い男女がいて、彼らのグループ名が「爆弾小僧」です。杉本は彼らのハチャメチャな音楽に新鮮さを感じるのですが、彼女はミュージシャンへのリスぺクトも持っていません。その点は後年に洞口さんが『スワロウテイル』で演じるマネージャー・星野以下です。

 第3話はそれまでの2話と趣きが異なっています。
 もしこのエピソードが前2話とテンポを同じくしていても、私は『パイナップル ツアーズ』を秀作だと受け止めたでしょう。けれど「爆弾小僧」はまったく落ち着いて鑑賞させなかったんです。なんだこの二人組は、なんだこのタコス屋は、なんだこの鶏小屋は、なんだこの「ターガ、ヒーガ、プー」は???とクエスチョン・マークをいっぱい頭の周りに浮かべながら、咀嚼できないままにスクリーンへと向けた視線を突っ走らせる。その襲いかかるような突進力は凄いものでした。「爆弾小僧」は観客のケツを蹴り上げて、落ち着いて座っていられなくさせる一編だったのです。

 ところで洞口依子さんについて、当サイトで何度となく繰り返し書いてきた事柄があります。彼女はコミュニティやファミリーの外から来た人物、もしくはその中にいられない人物を演じると魅力を増すのです。『蔵』がそうです。『からくり人形の女』もファミリーの中に収まりきらない女性の役でした。『炎立つ』の侍女もそうです。なによりも、デビュー作の『ドレミファ娘の血は騒ぐ』が、キャンパスの外から「とうとう来ました」と呟く彼女のモノローグで始まっていました。
 先述したように、「爆弾小僧」の役もそのアウトサイダー度は徹底しています。ウルトラ・ライト・プレーンでの登場からして現実離れしたアウトサイダーっぷりだし、仲宗根あいのさんから顔にコーラーを吹きかけられ、藤木勇人さんに媚びへつらわれ、津波信一さんに胸元を覗き込まれ、そのたびに洞口さんは「外から来た者」の印象を強めます。24歳だった私はこうしたアウトサイダー描写に喜び、偉そうに「この監督はわかってる!」などと感心したものでした。

 しかし30年ぶりに映画館で『パイナップル ツアーズ』を観て、杉本役を演じる洞口依子さんに新たな感慨をおぼえました。
 スクリーンには戯画的なまでに一目でよそ者とわかる格好をした洞口さんがいます。彼女の言動も仕種も、何から何まで島の住民とは違う。
 だけど実際の洞口さんは、そこから30年のあいだに、この映画で出会った人たちとの交流を深めて、やがて彼女が本当に人生の危機に陥ったときに今度は『マクガフィン』という作品を生み出すにいたった。『マクガフィン』は、かつて当サイトで洞口さんの出演作のベストワンに選んだ映画です。
 そこにいたるまでに起こる出来事や彼女が沖縄に寄せる親愛を、スクリーンに映る洞口さんは当然のこと、まだ知らない。それで杉本を演じる洞口依子さんが不思議だったり、なぜか愛おしかったりしました。

 この映画の第1話のオープニングは船の上です。具良間島に戻ってきた兼島麗子さんが、一緒に載せられているパイナップルのハリボテにしがみつきます。そのハリボテは狂言回し的に作中のあちこちに現れ、ラストでは波間を漂っています。藤木勇人さんが恍惚とした表情でそれに抱きつき、やや遅れて、海に落ちた洞口依子さんがハリボテへと泳ぎ着きます。
 東京から来たディヴェロッパーの女性と、島の開発を進めたがっていた男性が、二人ともハリボテと一緒に海を漂う。昔はそこにアイロニーのみを感じました。
 けれども今回『パイナップル ツアーズ』を観て、ハリボテのパイナップルにしがみつく洞口依子さんに心が安らぎました。30年前の沖縄の海で、彼女は「それ」をつかまえた──その姿がラストに刻まれてあったからです。

 ファン・サイトを何十年続けようが、『パイナップル ツアーズ』〜『マクガフィン』の間を繋ぐ「表現すること」のラインは超えられません。そのラインの強さに妬ましくなるときもありました。
 しかしそのラインにあるのは壁ではなくスクリーンです。映し出される洞口依子さんは、何度観てもウルトラ・ライト・プレーンに乗って登場し、コーラーを顔に吹きかけられ、パイナップル・グッズを観光客に配り、軽トラックを疾走させます。向こう側に行けなくとも、その姿を目に焼きつけたり記憶を反芻すればいい。
 ラストで洞口さんがハリボテに手をかけた瞬間に、私の口から「ああ・・・」という溜息まじりの安堵の声がもれました。安堵というか、喜び。そこには妬ましさの入りこむ隙はなく、あったのは作り手への感謝の気持ちでした。私はとても幸せな観客になれたのだと思います

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洞口日和