『ノースポイント・ポートタウン』(2003年)

まず、有名な実話から。
2006年の6月、渋谷シネマヴェーラで「黒沢清特集」があったときのこと、
壇上では黒沢清監督と青山真治監督が対談をされていた
(そうです。以下、すべてシネマヴェーラのHPからの請け売りです)。

話のなかで、青山監督が黒沢監督に、
宮崎あおいさんが尊敬する唯一の女優が誰かおわかりですか?
と尋ねました。
誰ですか?と、黒沢監督が聞き返すと、
「それはですね、洞口依子さんなのですねぇ」と答えたのだそうです。

(このあとの展開は、
6月25日の依子さんのブログ をご参照ください!)

というわけで、『ノースポイント・ポートタウン』。
2003年に、北海道文化放送が制作してフジテレビ系で放映された『ノースポイント』(6作品)の中のひとつです(3話完結)。
小樽の港町を舞台にした母と娘の物語で、母が洞口依子さん、娘が宮崎あおいさん、なのでした。

このドラマは、二人の相似形の美しさを中心に抱いた安定感が魅力です。
ルックスに共通するものがあることはもちろん、立ち居振る舞いや視線の濃度に、
周囲の世界と相容れない孤高さを感じさせます。

依子さんが演じるのは、女手ひとつで娘を育て、美容室を一人で切り盛りする母親です。
恋多き女で、女としては成熟しているのですが、言動に子供っぽいところがあります。

娘はしっかり者で、考え方も母親よりは堅実に見えますが、女としては子供です。
ドラマは娘の成長を中心に追っていくのですが、要所要所で母の存在と父の不在が鍵となっているため、
画面に映っていなくとも、見ている間は常に依子さん演ずる母親に、意識を軽く結わえられた感じになります。
依子さんの、生活臭があまりせず、感情の露呈も少ない佇まいが、
物語全体に対してほどよい距離を保つことになり、最後にこの母親の本当の姿がわかるとき、
その温もりが冬の港町の風景の中でほんのりと浮かび上がります。

佳いドラマなので、ぜひ見ていただきたいです。

ところで、依子さんはあおいさんからのリスペクトを、どう受け止めたのでしょう?

依子さんにお訊きしました。
ちょっと恐る恐る(なんとなく、訊いちゃいけないかな、と思って)、この話を持ち出し、
「依子さんは、それを聞いてどう思われたんですか?」と訊いてしまいました。
そのお答えを、依子さんの許可を得て、掲載します。

まずあの発言は、『ノースポイント・ポートタウン』で共演した後のことでした。
『H』(2003年4月号)でのあおいさんインタビューが元らしいです。
それを読んだ依子さんは、「とにかくびっくりした」そうです。

「『ノースポイント』での凍てつく冬の小樽の撮影を乗りきれたのは、
あおいさんの天使のような笑顔があったから」、
と依子さん。

映画『害虫』のDVD特典メイキングを見ると、宮崎あおいさんは、
ふだんはどこにでもいる可愛い女の子という感じで、
待ち時間もスタッフのかたたちと楽しそうに遊んだりしています。
ところが、いったん「ヨーイ」の声がかかると、瞬時にして、
顔つきが役に取りつかれたように変わるんですね。
すごいですよ、この特典はその瞬間をとらえています。
依子さんはこれを目の当たりにして、彼女の才能に畏敬の念をおぼえたそうです。

『ノースポイント』のDVD特典インタビュー(ロケ中)では、あおいさんは依子さんの印象を、
「すっごく色っぽい人!」と語っています。
もちろん、ほめ言葉ですけど、まだこの段階ではリスペクトという感じはしません。

撮影が終わって、打ち上げのとき、依子さんはあおいさんをこう言って激励したそうです。
「あおいちゃんはねぇ、サイコーなんだよ!わかる?」

洞口依子さんと宮崎あおいさんは、意外としっかりとした線で結ばれています。
あおいさんは、塩田明彦監督、青山真治監督という、黒沢清監督に縁の深い俊英と仕事をしてきました。
青山監督の 『ユリイカ』『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』は言うに及ばず、
塩田監督の『害虫』での主人公の少女に、洞口依子的なにおいを嗅ぎ分けることもできます。

- また、どちらも西島秀俊さん(依子さんと『ニンゲン合格』、あおいさんと『海でのはなし』)、
江口洋介さん(依子さんと『愛という名のもとに』、あおいさんと『ギミー・ヘヴン』)と共演しているし、
どちらにも土手の名場面があります(依子さんの『ニンゲン合格』、あおいさんの『好きだ。』)
が、まぁこれらは適当に聞き流してくださいね -


そう、宮崎あおいさんは、CMやドラマなどの明るい女の子像とはべつに、
映画では著しく洞口依子さんに近いにおいを漂わせることがあります。
あおいさんが自身の嗅覚か周囲からの推薦で依子さんの出演作にふれたとしても、おかしくないのですね。
むしろ、そうならないほうが不自然といえるような状況。

私は2006年の映画『初恋』のあおいさんに、依子さんを重ねて見ました。
騒乱の60年代末期、新宿のジャズ・バーに入り浸る高校生の女の子を演じたあおいさんの翳り深い横顔は、
『ドレミファ娘の血は騒ぐ』で登場した頃の依子さんを彷彿とさせるものがあったのです。

そして、なんと、洞口依子さんご自身が、偶然本屋でこの映画のあおいさんをポスターで見かけて、
「自分を垣間見たような気が」したそうです。
(そのポスターの写真が、
『初恋』のオフィシャル・サイトにあります)

でも、依子さんは、最初からあんなふうに、まるでスウィッチでもあるかのように、
さまざまなキャラクター、作品を自在そうに往復する俳優ではなかった。
まず、連続テレビ小説にも青山真治作品にもどちらにも棲める彼女のような器用さはなかった。

依子さんは、「二人はまったくちがう存在だと思っています」と言います。

私も、このお二人は別人で、べつの俳優であり、べつの魅力を持った存在だと思います。
時代がちがうし、要求されるものもちがう。
若い女優が最初に超えるハードルの質がぜんぜんちがう。日本映画の状況がちがう。
情報の伝播のスピードがちがう。

そして、依子さんになかったものを今のあおいさんが持っているように、
あおいさんにないものが依子さんにはあると思います。
依子さんは、たとえ不器用に見えても、そこでもがいている姿が、
すでに洞口依子の表現になりえます。
もうやだ、やってらんない、アタシにはできっこない、といったネガティヴなメッセージでさえ、
それに火をつけて、ちゃんと人を暖めることができるのが洞口依子さんの凄さです。
その炎の強さや弱さ、恐ろしさや淋しさに、私は心をつかまれるのです。

この話を依子さんに質問できてよかったです。
依子さん、いやなお顔ひとつせずに答えていただき、本当に本当にありがとうございます。

それから「あおいちゃんはねぇ、サイコーなんだよ!わかる?」という言葉、私も同感です。
なにより、この言葉がサイコー。

2007年6月14日

(宮崎あおいさんのお名前に使われる「ア」という漢字は表示されないケースがあるようですので、「崎」に変えさせていただきました)



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洞口日和