『マンションの鍵貸します/ジャック・レモンによろしく』(1986)

阿久悠さんの小説を原作にした単発のドラマです。山泉脩演出、佐伯俊道脚本。
山泉さんは『時間ですよ』の演出にも携わられているかたなんですね!

小堺一機さん演ずる放送作家が、原田芳雄さんのプロデューサーの浮気のために、
自室の合鍵を貸してるんですね。
作家はその見返りに、仕事をもらっている。バツイチ、独身です。
部屋を使われているあいだ、彼は行きつけのバーでクダをまいたりしてます。

古いアメリカ映画のお好きなかただったら、タイトルで笑みがこぼれると思うんですが、
ビリー・ワイルダー監督の名作『アパートの鍵貸します』の設定を借りてるんですね。
ジャック・レモンはそちらの主演俳優。

作家君は、上にへつらってる自分を嫌悪しながらも、どうしようもない。
そんなある夜、チャイムが鳴ってドアを開けると、若い女の子がいきなり卵を投げつけて逃げ去る。
この子が依子さん。
原田プロデューサーの現在の愛人というか、これまた仕事をどうにかもらう、売れない女優です。

これは、たぶんいちばん髪が長い依子さんかな。
デビュー1年後ということで、本当に「売り出し中」の初々しさがあります。
声もまだ幼さが残ってるし、セリフなんかも「〜じゃないわよぉ」「なによぉ」「そうぉ?」と、
語尾の「お」が「ぅお」になって伸びるところが、すれてなくて可愛い。
ホラ、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』のテルオカくんとの場面で、「ううん、いらなぁい」と甘えたように響くあの感じです。

依子さん、「バイビー」ってセリフがあるんですよ。
「バイビー」…86年のドラマですねぇ。
そういうセリフをポンとあたりまえに言うあたりに、1986年の女の子の「実際感」があります。
現実味というより、実際感ですね。

この時期の依子さんの出演作を見ていると、彼女自身もそうだったんだろうけど、
制作者側が、この子の魅力をどういうふうに活かせるだろうか、と試行錯誤しているところもうかがえます。
『ドレミファ娘の血は騒ぐ』が、いかに特殊な世界を持っていたかがわかるんですが、
依子さんが持っていた(いまでも持ち続けている)感性の新しさに、いろんな既製服を合わせようと試してるんです。

このドラマは、無理をせずにかなり素直な球を投げて成功した例じゃないでしょうか。
まだまだ女優の風格はないんだけど、自分の魅力に少しずつ意識的になっている感じ、と言いましょうか。
それが、田舎から出てきて(またしても!)役をもらおうと日々頑張る女の子にフィットしましたね。

小堺さんが滑って転んでモノマネして、原田さんが原田芳雄になりきってますから、
依子さんの役はあまり入れ込んだ芝居をしない子がふさわしいんでしょうね。
酔っ払って自暴自棄にあばれる小堺さんが自転車で倒れ、そこに依子さんが駆け寄るところがあります。
彼女が自分の現状に抱く苛立ちが、彼への同情から恋へと変わっていく重要なシーンです。
でも、「だいじょうぶぅ?」って感じで、あんまり伝わってこないの。
で、放送作家君がよけいにみじめに見える、という・・・私、ここがけっこう好きです。
屈折した楽しみかたですけど、この「だいじょうぶぅ?」が可愛い。

ドラマとしても、とても丁寧に作られていて良いです。
中尾ミエさん、沢田雅美さん、木内みどりさんら助演女優のおねぇさまがたが、小堺さんとピッタリなんですよね〜
さすが『ごきげんよう』『いただきます』ですね。
また、この女性たち一人一人と主人公が、気持ちいいくらい均等な距離を保ってるんですよねぇ。感心しちゃいました。
中尾さんは歌も披露してくれます。こういう余裕も、作り手が大人であるという証拠でしょう。
そして、この頃の洞口依子さんは、大人のスタッフ、大人の共演者に囲まれたときに輝いてましたね。
これもそんな一本です。わかるぅ?

1986/12/24  21:02-22:54 
TBS  「水曜ドラマスペシャル」枠にて放送
 
演出 山泉  脩 
原作 阿久  悠 
脚本 佐伯 俊道

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