『探偵事務所5 Another Story File 7 マクガフィン』(2006年)

依子さんの復帰第1作めにあたる當間早志監督のネット配信ムービーです。

マクガフィンというのは、この作品では、物語の展開にからんだ謎の言葉です。

また、サスペンス映画などで、
登場人物が話題にする謎めいた物や人物で、誰もがそのために右往左往しているのに、
わざとその意味が最後まで観客に明かされなかったり、明かされてもどこが重要なのかわからなかったり、
「じつはそんな物(人)は存在しなかった」りするキーワードのことを、「マクガフィン」とも言います。
私も、これはヒッチコックの研究本で知ったのですが、彼が提唱者かどうかは、私にはわかりません。

この作品は、沖縄、パイティティの音楽、そして「生命の誕生」というテーマなどなど、
現在の依子さんにとってもっとも重要な事柄がほとんどすべて詰まった作品です。
依子さんも、この作品にはことさら愛着をおぼえていらっしゃるようです。
この映画では、たとえ依子さんが映っていない場面にも依子さんがいますし、
誤解を招く言い方かもしれませんが、スピリチュアルな存在として依子さんの姿があります。

前後編で1時間ほどの長さですが、見終わって、じつに濃密な時間だった、という感想を持ちます。
依子さんの役柄は、東京から沖縄へやってきた妊婦の成子(なりこ)。
彼女の記憶を取り戻すため、ふだんは運転代行業で糊口をしのぐ探偵515号(藤木勇人さん)が、
沖縄の街を車を走らせます。

ビートルズの「ゴールデン・スランバー」という曲に、「かつて、家へと続く道があった」という歌詞がありますが、
世界とのつながりを失った彼女の「家路」を探すのが、ひとつのテーマでもあるようです。
そのための「運転代行業」なのでしょう。探偵は、彼女を家へ送り届ける役目を担っているのです。

途中、主要な4、5人以外の人物がほとんど登場しません。
がらんとした沖縄の街が、さしたる感傷もなく、風景となって通り過ぎていきます。
人物と風景が、馴れ合わずに、ドライな距離感を保ったまま、物語が進行します。
そしてこういう質感のなかには、依子さんはじつにっぴったりとはまりますね。

パイティティの音楽が、ストーリーには予め備わってないはずのノスタルジックな空気やサイケデリックな酩酊感を
交錯させます。
また、クライマックスでの石田英範さんのイラストレーションは、不意打ちに近い感動をもたらします。

最終的に、彼女は幸福な形で「家路」を見つけられるわけではないのですが、
海で、彼女自身が「家」となることで、みごとに世界とのつながりを復活させます。

どんな出産シーンが待っているかは、見てのお楽しみです。
(この種のストーリーならお約束の)赤ちゃんの姿は出ませんが、ちゃんと美しいものが海へ放たれたことが伝わります。

この作品は、ぜひ「のら猫万華鏡記」の「
母の手に幼子の手が重なる」と併せてお楽しみください。
この作品にこめた依子さんの思いが、よりしっかりと伝わるはずです。
なぜ依子さんにとって『マクガフィン』が特別なのかも。

長い髪を波に浮かべて横たわる依子さんの表情は、まさにゴールデン・スランバー、黄金色のまどろみ。
そのお顔を拝見してると、あぁこの人は沖縄に行ってよかったのだ、この映画に出て良かったのだと思います。

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(洞口日和)