『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(2010)

『ゲルマニウムの夜』に続く大森立嗣監督の2作目の映画で、
孤児院で共に育ち解体現場で働くケンタ(松田翔太)とジュン(高良健吾)、それにカヨ(安藤サクラ)の逃避行
を描いた作品。

上記3人に加えて、新井浩文、宮崎将、柄本佑、柄本明、小林薫、洞口依子、美保純、多部未華子ら助演陣がとにかく素晴らしい。
演技合戦というのでもなく顔見世でももちろ
んない。
際立った個性を持つ彼らが、時に枠を飛び出さんばかりの存在感で独立した部分をしっかりと支えている。
そして、それらを一本の太い幹として全体を引っ張ってゆく
力の強さに引き込まれる。

実際に見るまで、洞口依子さんがどんな役で登場するのか、まったく知らないでいた。
なんとなく、多部未華子さんの母親役か、若者たちに遠い日の自分を重ねる大人の姿を
想像していた。
見た人ならおわかりのように、大森監督は、彼女にそのような据わりのよい場所を用意しなかった。

たった1場面、それも台詞はひとこともない。
彼女がどんな人物なのか、言葉ではほんの少し、それも若者たちの談笑の中で前置きがあるのみ。
一瞬、耳を疑うような設定なのだけど、彼らの過酷なプロフィールの中ではことさら深刻さを感じさせないのかとも思わせる。
だから、彼女の演じる人物が登場することが意外だったし、画面を横切って現れた女性の後ろ姿が洞口依子のものだと察知したときの驚きは、
(私がファンだからかもしれな
いが、と断っておくけれども)この映画でもっとも強烈な衝撃のひとつだ。
そして彼女はその驚きの視線を、立ち止まって振り向いたときの表情でさらに吸い寄せて釘付けに
してしまう。

この映画で、若者たちの親として姿を見せるのは彼女のみだ。
彼らのもがきに対峙し包み込む存在ではなく、自分もまた離れることのできないものに捕らわれたまま。
彼らのように真っ直ぐな目を向けたり壁を壊す旅に出ることもな
く、かと言って根の張った逞しさからは浮いている足取りがとくに心に残る。

彼女の役のプロフィールは、台詞で説明を加えてゆけば実に多くの社会的なトピックに手を伸ばすことができたかもしれない。それは、ここでは注意深く排されている。
それでも、一度も開かれることのない口元にうっすらと漂わせる笑みからは、自嘲も含めたいくつもの言葉が漏れ聞こえてくるようだ。
この感覚、まるで答えのない答え合わせにさまざまな感情が入り乱れてきりきり舞いにさせられるような謎は、洞口依子なればこそ。


2010年6月12日(土)封切
『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』製作委員会 製作
リトルモア 配給

大森立嗣 監督・脚本
大塚亮 撮影
大友良英 音楽



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