『ハートブレイクなんてへっちゃら』(1988年)

「片岡義男の世界をわかりたかったら、片岡義男を好きな女の子とつきあえばいい」
などと、それこそ片岡義男さんの不細工な物まねみたいな戯言を垂れ流していたのは、
まだ高校生だった頃の私です。あぁ恥ずかしい。いやですね、若いって。
ちなみに、片岡義男の世界も知らなかったし、片岡義男を好きな女の子とつきあったこともありませんでした。

ことほどさように、片岡先生の小説は、『ノルウェイの森』が出てくる前の80年代半ばくらいまで、
髪の長くて日焼した綺麗な女の子にやたらと人気がありました。
ちなみに、私は先生の『ぼくはプレスリーが大好き』という素晴らしいエッセイ集を愛読していましたが、
小説のほうは、あまりに自分の生活世界との違いが大きくて、ついぞ一冊読み通せたことがありません。

このドラマは片岡先生の有名な短編集をもとに黛りんたろうさんが演出したNHKのミニ・ドラマで、
奥田瑛二さん演じる売れっ子作家が、新作のアイデアに行き詰ったときにふと入り込む架空の世界、
という設定で進みます。
独立した4編の話で構成されており、主人公がさまざまなシチュエイションで出会う女たちとの短い物語集です。
洞口依子さんは最後の挿話で登場します。その回の名が「ハートブレイクなんてへっちゃら」。

主人公は、夜の街外れで、赤いオープン・カーに乗ろうとしている若い娘と出会います。
かなり酔っ払っていて、とても運転させるわけにはいかない。
そこで半ば強引に主人公がハンドルを握って彼女の目的地へ走らせます。
彼女はどうやら恋人に捨てられかけているようで、しきりに電話で彼を呼び出そうとします。
そこで彼が働いている海辺のバーへやってくると、ここで物語の軸が少し回転して、新しい虚構の世界に入ります。

主人公の作家が、そのバーで独り飲んでます。さっきの女の子はいません。
と、電話がひっきりなしに鳴って、バーテンダー(柳沢慎吾ちゃん)が、取るたびに「あいつはここにはいない」と言って切ります。
どうやら、作家はさっきの女の子がかけた電話の向こう側に存在を移したようです。
ここから、しつこく電話をかけ続ける彼女と、面白がってその電話を取るようになった作家との会話がメインになります。
つまり、このドラマでは、依子さんは出番の大半を声だけで出演しています。

そこが食い足りないかというと、まったくそんなことはないんですね。
洞口依子さんは、吹き替えなど声だけの出演って、たぶん、なさったことないですよね?私が知らないだけかな。
あんなに膨らみのあるいい声なのに、たぶん、あの目の強さや全体の佇まいが重要だからでしょうか。

で、めずらしくて、聞き入ってしまうわけです。ファンだからですが。
どんなことをしゃべるんだろう、と。
だから、主人公がこの電話の主に興味を持つ過程に、意外とすんなり入り込めるのです。これは発見でした。

最後に、2人は虚構との境を越えて現実へ入ってくるのですが、
ここで依子さんがつぶやきますね。
「ハートブレイクなんて…へっちゃらだもん」
可愛い。素直にそう思いました。

1988/9/3  土曜日 21:15-22:15
NHKにて放送

演出 黛りんたろう 
原作 片岡 義男 
脚本 黛りんたろう

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