Anna Karina dans Pierrot le fou/『気狂いピエロ』のアンナ・カリーナ

”私の運命線ってこんなに短いの
 とっても短い私の運命線
 なんて不運な私の掌
 明日はどんな目にあうのかしら
 私の運命線 私の運命線
 ダーリン、あなたはどう思う? ”

歌詞だけ抜粋するとけっこう重くも聞こえるなぁ、「私の運命線」(ma ligne de chance)。
作詞作曲は『突然炎のごとく』の「つむじ風」も書いたボリス・バシアク(の変名だったかな)。天才だ。
『気狂いピエロ』でアンナ・カリーナがこの歌をうたう、あのアッケラカンとした野放図な爽快さが伝わるかどうか。

あ、「きちがいピエロ」って読んでくださいね。最近、「きぐるい」って読む若い人が多いみたいで。
配慮ってのは必要なんでしょうが、たとえ太陽が海に溶け込むことになったとしても、これは「きちがいピエロ」。
TV放映ではやはり問題あって、タイトルも『ピエロ・ル・フ』に変わるそうですが。

『気狂いピエロ』、まだ見たことがないというかた、観てください観てください。
こういう書きかたをするのは大きなお世話だし、押しつけがましくて好きじゃないんですが、
せっかくですよ、洞口依子さんという女優に出逢ったわけですから、彼女が大好きなもののひとつに触れませんか。
いいじゃないですか、レンタルで300円くらい。
置いてますよ。古いフランス映画のコーナーに。

なんにもむずかしい映画じゃないです。
バカな男が悪い女に引っかかって、2人で逃げる話。
全編、ナレーションというか独りごとが連発されて、これがことごとく小難しげで意味ありげなんで、
たじろぐかもしれませんが、大半がダジャレみたいなもんです。
「ここは洞窟、わたしは洞口」(出典元は
こちら )とか。そういう世界です。

ひたすら、色彩が美しいなぁ、あんな入り江に行きたいなぁ、あのサングラスほしいなぁ、
あの椅子いいなぁ、あの女いいなぁ、あの男いいなぁ、とウットリするだけで有意義な時間が過ぎてゆく映画です。
人生のうちの2時間くらい、そういう時間が流れてもいいと思う。

とにかく、見た人がほぼ全員、映画を作りたくなるという、素晴らしい映画。
実際に、数えきれないくらいの映画監督が、役者が、作家が、音楽家が、この映画を創作活動の原点に持っています。
見た人全員が、自分にも何かできるように思える。それが本物というものなのか。

アンナ・カリーナは、だます女の役。
この映画でのこの人のすごいところは、内面の芝居などというものをまったくしないところ。
ただただ、不敵な、底意ある薄ら笑いを浮かべて、現れては消える。
髪型と、服の着こなしと、歩き方と、目つきその他のしぐさで、完璧にこの映画の中枢を司る。

だまされる男はジャン・ポール・ベルモンド。またいい味出しまくりで、いやんなるくらい良いんですけど、
彼が輝けば輝くほどに、アンナがその魅力の上前をガメて持っていってしまう。
それくらい、『気狂いピエロ』のアンナは無敵のディーラーみたいな存在なんです。

冒頭に挙げた「私の運命線」は、2人が海の近くの森を白昼あてもなく歩く場面で、突然歌いだされます。
細身のスーツを格好良く着崩したベルモンドが、ひょろ長い体でそのへんの樹木にキックしたりしながら跳ねて歩き、
その周りを小鳥のようにアンナがまとわりつきながら「マ・リン・デ・ションセ〜」と調子っぱずれにうたう。
足場のよくない道でアンナがバランスを取ると、よろけそうになるたびに、彼女のお尻の線が真っ赤なワンピに浮かび上がる。
そういったことも含めて、彼女が全身と存在そのもので奏でる歌には、たとえそれが喉声であろうと、途中で音程がずれようと、
その場をトランス状態に持っていく問答無用のカリスマがあります。
決まりごとを一個一個打ち壊しながら、即座に新しい旗をひるがえすような、清冽な希望の匂い。
そしてなにより、可愛い。この媚びない可愛さは奇跡的です。
彼女はアンナ・カリーナという事件だったのだろうし、これからもこの映画に出会う人にとって、永遠に新しい何かであり続けるのでしょう。


洞口依子さんがアンナに夢中になったのも無理はない。
というより、夢中にならないことのほうが難しいでしょう。たしかに、似てるところがあると思います。
ただ、あえて言うなら、私は、似てないところが好き。

たとえば『富江』の細野辰子先生や『CUREキュア』の宮島明子先生にある、魔につけ入られる隙のもとになる不安定さ。
『酒井家のしあわせ』で、登場した瞬間、それまでの物語の空気にべつの気流を醸しだしてしまう異物感。
『一万年、後・・・・。』での、壁に映し出されるや、作品の持つ自由度の高い磁場をさらに揺らしてしまう、彼女の曖昧さの持つ力。
アンナに惹かれて映画の世界への糸口をつかんだ依子さんが、自分で身につけてきたものに、私はより強く惹かれます。

依子さんの「私の運命線」、私もぜひ聞いてみたいですよ。
似てないところがいっぱい輝くと思うからです。
そのとき太陽が海に溶け込むなら、言う事なし。



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